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zoom RSS チリ:サンホセ鉱山、建国200年の英雄か、新自由主義の犠牲者か(10月15日)

<<   作成日時 : 2010/10/18 10:19   >>

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2010-10-16 23:54:12
チリ:サンホセ鉱山、建国200年の英雄か、新自由主義の犠牲者か(10月15日)
http://ameblo.jp/guevaristajapones/
(参考:0789「サンホセ鉱山事故生存の報道と事故の背景」)


最後の33人目は、リーダーであった、ルイス・ウルスア、54歳であった。かれの父はチリ共産党員、アウグスト・ピノチェト軍政のもとで行方不明となり、ふたたび会うことはできなかった。若いときから、兄弟5人の世話をして育った。ピノチェトの流れをくむ、セバスティアン・ピニェラ大統領が、かれに手を伸ばす。「二度とこのようなことが起きてはならない」、ウルスアが、ピニェラ大統領に言った。


10月12日深夜から始まり、10月13日21時55分ころまで22時間をかけて、チリ北部アタカマ砂漠、コピアポ近郊サンホセ鉱山の地下622メートルの、8月5日の落盤事故以来、69日/70日閉じ込められていた、33人の鉱山労働者の救出作業が終わった。


この救出作業は、国内をはじめCNNなど世界が実況中継を続け、テレビ・新聞が大きく伝えた。コピアポに集まった世界の報道陣は、1,700人と伝えられる。テレビのトップニュースであり、新聞はその紙面の多くをサンホセ鉱山の救出劇にさいた。それは感動のドラマであった。それではこの人口1,645万人、労働人口700万人の国で、2009年の1年間だけで、191、685件の労働災害が起こっている事実は、どれほど伝えられたであろうか。死者は443人、2010年の上半期の死者は282人である。あるいは、サンホセ鉱山労働者で、地下に取り残されることのなかった230人の労働者が、賃金の支払いもなく、このかんコピアポにおいて、3回のデモをおこなっている事実は報道されているだろうか。


チリはラテンアメリカを代表する、鉱山業の国である。輸出の58%を鉱物が占める。国内総生産(PIB)の15%が鉱山業である。石炭、金を産するが、なにより銅が世界一であり、その市場の40%をしめる。今後も200年は発掘できる埋蔵量であるともいわれる。1971年、サルバドール・アジェンデ大統領は、米国企業のもとにあった銅産業を国営化、国営銅会社(コデルコ)を設立した。


1973年のピノチェトのクーデター、1990年のコンセルタシオン政府も新自由主義経済政策を進め、鉱山は国内外の私企業に売り払われることになった。ここでは企業にたいする税金は世界でも最低水準、安全対策もなきに等しくなる。たとえばアントファガスタの鉱山、300のうち、277が規則を遵守していない。鉱山業はもうけの多いビジネスとなった。それでも、鉱山労働は、チリの最低賃金、月額262ユーロの3倍の賃金で労働者を集めている。

サンホセ鉱山労働者は、チリ鉱山労働者会議(Confemin)に加入している。コンフェミンはチリ全土で、中小零細も含め、18,000人の労働者を組織している。コンフェミンのネストル・ホルケラ委員長は語った。「鉱山労働者は英雄ではない。犠牲者なのだ」。1985年から2005年まで、公式に確認されるものだけでも、毎年平均54人が鉱山で死亡している。月産15,000から20,000トンの中規模鉱山は、もうけのためには安全対策をおこなう余地はない。

ピニェラ大統領は、労働安全対策を鉱山業に限らずおこなうことを約束した。労働組合にたいして?いやいや、マスコミにたいして。今回の事故に関して、全国地質事業局(Semageomin)への批判が強く、これを再編し、あらたな監督機関を設立することも約束している。しかし、4000以上の鉱山を、16人の監督官が監督するという現状が抜本的に変更されるものか、疑わしい限りである。


マスメディアの興奮のドラマが終わってのち、ネオリベラリスタ、ピニェラ大統領の約束を守らせるのは労働組合のほかにはない。(0841)


* この記事は、IPS, Rebelion, Le Monde diplomatique, El Pais, La Jornada, Pagina 12, を参考にしました。


2010-08-24 09:21:41
チリ:サン・ホセ鉱山事故、生存の報道と事故の背景(8月23日)テーマ:ブログ

8月5日午後2時、チリ北部のアタカマ砂漠、コピアポから45キロのサン・セバスティアン鉱山会社所有の、サンホセ鉱山において落盤が発生、鉱山労働者が700メートル地下に閉じ込められた。8月22日午後、事故発生から17日後、救援隊による直径8センチの穿孔機を使った探索において、「われわれ33人は、避難所で元気だ」と破られた紙に赤のインクで書かれた手紙がくくりつけられ、その生存が確認された。


これは奇跡的なことであり、いくつもの都市で人々はチリ国旗を手に街に繰り出し、その喜びを表した。セバスティアン・ピニェラ大統領は、現地からニュースの生中継に登場し、手紙を読み上げ、政府が救援活動をおこなっている姿勢をアピールした。サンセバスティアン会社の所有者の一人、アレハンドロ・ボーンは、「いまは責任を認め、謝罪するときではない」などと述べている。


今後の救出活動は、8月23日に穿孔機を使って、酸素、飲料水、薬品、ブドウ糖、食料を供給することから始められる。また救出のために、あらたに66センチの穴が開けられることになる。しかし救出作業が終了するまでには3〜4カ月を要するという見方もあり、いまだ楽観することはできない状況にある。


今回の事故の責任が第一にサンセバスティアン鉱山会社にあることは明らかである。1995年に鉱山労働組合は、サンホセ鉱山の閉鎖を要求し、2005年労働監督局は閉山を決定した。その理由は緊急の脱出出口がないこと、換気のため煙突がないためであった。この問題はコピアポの裁判所に持ちだされた。


サンホセ鉱山は金と銅の産出で、200年以上操業してきた。現在の所有者は、マルセロ・ケメニー・ヒューラー(40%)とアレハンドロ・ボーン(60%)の二人である。かれら二人は8月5日に事故が発生してから9日目、8月13日になってようやく人々の前に姿を現した。「わたしたちにとって最も重要なことは、労働者とその家族だ」、ボーンの言葉である。ことばとは裏腹にサンホセ鉱山は事故を繰り返してきた。2004年、労働者ペドロ・ゴンサレス・ロハスの労災死から、労働組合は労働者保護の対策を裁判所に訴えたが、控訴審裁判所(CA)はこれを却下している。今回の事故の1か月前にも、労働者ヒノ・コルテスは片足を失っている。


責任の第二は、政府および関係する当局にある。2007年サンホセ鉱山の閉鎖が決定された。それがなぜか2009年、その再開が認められた。なんらの改善措置、その後の行政による監督もなく。これには鉱山会社と監督官庁のあいだでの、なんらかの利害のやりとりがあったことが充分に疑われる。ここで問題とされるのが、全国地質・鉱山事業局(Sernageomin)の果たした役割である。あるいは労働省の責任も問われることになる。Sernageomin側からは、17人の監督官が、全国約500か所の鉱山を監督しているという現状を指摘する。責任のなすりあいがおこなわれている。


政府の責任の一つは、チリが労働者保護のための国際労働機関(OIT)176条、183条など国際条約を批准していないことにある。その理由は、鉱山業の利益が減ることによる。国際条約の主要な柱は、@鉱山の保安手段について、労働者もこれに参画する、A労働する場所についての完全な情報、条件を知る権利がある、B危険な状況が察知された場合、労働組合、労使委員会、あるいは労働者自身が報酬を失うことなく、作業を中止する権限を持つ、である。


8月13日、チリの鉱山労働に関係する全国の労働組合は会議を持った。会社が政府からの援助を受け団結しているときに、労働者が分裂していてはならない。労働者たちは政党支持に関係なく、地下に閉じ込められている。労働運動の指導者たちは、8月9日、太陽の真下の砂漠の地で誓い合った。「もう失うべき時間はない」。(0789)

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