動労千葉を支援する会 

アクセスカウンタ

zoom RSS 動労千葉鉄建公団訴訟裁判傍聴記

<<   作成日時 : 2010/08/07 13:23   >>

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

画像


東京地裁に怒りのデモ
7月28日(水)午前11時に日比谷公園霞門に集合した動労千葉の組合員と支援する会の労働者は東京地裁周辺の戦闘的デモを貫徹した後、午後13時30分から、東京地裁527号法廷で開かれた動労千葉鉄建公団訴訟の第25回公判に臨んだ。動労千葉、支援する会などの労働者で傍聴席は埋め尽くされ、裁判傍聴ができなかった仲間は暑い中地裁前での街宣行動に立ち上がった。
この間の原告側の強い要請にもかかわらず、裁判所側は葛西の尋問を拒否し続けているため、今回は動労千葉の田中委員長に対する反対尋問の残りと原告の高石さんに対する主尋問と反対尋問が行われた。
 被告側の代理人富田は、前回と同様に、動労千葉の国鉄分割民営化反対の第1波、第2波ストに対する「誹謗中傷」に終始し、最後に86年当時「国鉄は不採用の理由を、過去3年間に処分を受けたもの、と明確に説明している」「動労千葉も承知していたではないか」と言い出した。これには傍聴席からも原告側の弁護士からも抗議の声が挙がる中で、田中委員長が明確に反論した。
 田中委員長の証人調べの最後に、裁判長が「田中さんはどのような解決を求めているのですか?」と質問したのに対して、田中委員長は「解雇という二文字が取れるということです」と明快に答え、2日間にわたった田中委員長への証人尋問が終了した。

高石さんの主尋問
次に高石さんの主尋問が行われた。最初に、職歴と組合歴を質して、高石さんが技術係として津田沼電車区では保守・管理の中心的な労働者であったことを明らかにした後、まず人材活用センターに関する質問からスタートした。
浅野弁護士(以下浅野):86年7月から人材活用センターに配属されたんですね。
高石:津田沼電車区人材活用センターです。
浅野:その理由についての説明は?
高石:通知だけでした。
浅野:「人活」とはどういうところですか?
高石:要するに活動家を職場からパージするもので、組合の弱体化を狙ったものです。
浅野:対象者はすべて動労千葉か国労の活動家だったのですね?
高石:そうです。私は一人で電車区の庁舎の2階奥の部屋に居させられた。電車区内では、私しか消防署や市役所との関係で対処できる人がいなかったので、私がいなくなると困るのです。
浅野:当局としては高石さんを隔離したかったが、いなくなると困るので残したのですね?
高石:そうだと思います。
浅野:「人活」は余剰人員対策だと言われていましたが?
高石:表面的にはそう言っていたが、私の場合は余剰人員ではなかった。
浅野:人材活用センターが廃止になった後は?
高石:元の職場に戻った人はほんのわずかで、多くの人が別の関係ない職場に移されました。
浅野:高石さんも戻れなかったんですね?
高石:そうです。私は総務部付きとして佐倉に移され、その後、清算事業団佐倉雇用対策事業へ配属されました。
 船橋事故 運転保安の闘い
浅野:高石さんの組合での活動は?
高石:1972年の船橋事故をさかいにして、それ以降組合活動に力を入れるようになった。
浅野:乗客に多くの負傷者を出した船橋事故はどうして起ったのですか?
高石:あの事故で私は責任を問われたが、実際にはATSの故障、ゼロ号信号機の問題、船橋駅の構造的欠陥などが明らかになったのです。
浅野:組合はどう取り組んだのですか?
高石:運転保安の闘いを開始し、今もその闘いを継続しています。
浅野:国鉄当局はどう対応しましたか?
高石:闘いの中で、ゼロ号信号機を撤廃しましたし、ATSの故障も改善しました。
浅野:当局が事故の責任を認めたのですね。
高石:そうです。
浅野:労働組合の役割とは?
高石:労働者のために闘うのは当然ですが、安全について職場で啓発していくということも重要です。組合がそういう活動をしないと安全が脅かされると思います。今のJRでは、電車が正常に運行されている日が少ない。労働組合が運転保安についてちゃんと取り組まないと駄目だと思う。国鉄分割・民営化は、国鉄の運転保安を根底から破壊する攻撃でもあったのです。その意味でも分割・民営化には絶対反対です。
浅野:分割・民営化については?
高石:目的は中曽根元首相が言った通りだ。赤字などというのはこじつけで、紙切れ一枚で労働者を職場から追い出すなんて絶対に許せない。当局は(分割・民営化は)成功したと言っているが、そんなことは絶対にない。自分としては最後まで闘うつもりである。
不採用! 怒りのみです
 さらに、浅野弁護士は、動労千葉の国鉄分割民営化反対の2波のストで高石さんが受けた不当な処分、その後の新会社不採用、そして清算事業団での雇用対策などについて実態を明らかにした。
浅野:高石さんは第1波、第2波のストで指導責任を問われて停職処分を受けたんですね?
高石:そうです。しかし、指導責任と言われても支部役員にはそれはできない。スト指令は中央からくるもので、どこの組合でもこれが当たり前なんです。
浅野:処分内容と処分理由についてお尋ねしますが、第1波ストでは、どうしていたのですか。
高石:私はスト対象外で、朝出勤して仕事をしていました。
浅野:津田沼支部執行委員としてストを指導したとして処分されていますが?
高石:その通りです。しかし、その時はスト対策として当局が電車区内を横切る道路を遮断したため、普段は通れる一般人も通行できなくなったのです。私は、その対策のための調査などをしていたので、ストを指導するなんてできるはずがありません。
浅野:第2波ストでも同じ理由で処分されていますが?
高石:そうですが、この時も第1波の時と同じように私はスト対象外でした。
浅野:公労法解雇事件の人たちは、その後解雇無効になっていますが?
高石:ストでの公労法解雇は無効になったのですから、停職処分は当然無効になるのはです。、処分を理由に不採用・解雇は不当です。
浅野:87年2月16日以降に新会社の採用通知が始まりましたが、津田沼ではどうだったのですか?
高石:津田沼では高石だけに採用通知が来なかった。管理職からは「残して欲しいと言ったんだが、採用されなかった」と言われました。
浅野:それに対してどう感じましたか?
高石:相当ひどい処分だと思った。国会では、「処分を理由にしない」、「路頭に迷わせるようなことはしない」、と言っていたのに、それが全く実施されなかった。怒りのみです。

不採用の理由は一切無し
浅野:管理職には詰め寄ったんですね?
高石:現場の管理職に理由を聞いたが、一切答えてくれませんでした。
浅野:管理者からの説明はあったのですか?
高石:その時も無かったし、今までも一切ありません。
浅野:ところで、清算事業団の佐倉雇用対策支所というのは?
高石:佐倉駅から2`位の田んぼの真ん中にぽつんと建っていた倉庫みたいなところです。一応机は置いてありましたが、他には何もありません。動労千葉の組合員が9名、その他にJRを拒否した人(国鉄の存続を求めた人)が2名、収容されていました。
浅野:甲B5号証に、当時の国鉄内部管理者の考え方と意見が出ていて、「千葉労は悪いのでほっとけ」という趣旨の発言があります。実際どうだったのですか?
高石:確か管理者は3名居ましたが、何もしていませんでした。朝の点呼と夕方の点呼をやるだけです。ハローワークの人材募集用紙が張り出されたことはありましたが、どれも低賃金で悪条件だったと思います。

葛西を証人として採用しろ浅野:前々回の公判での伊藤証人の証言をどう感じましたか?
高石:我々の名前が1月末までは名簿に載っていたことを初めて知り、驚きました。労働処分を理由にしないとか、路頭に迷わせないと言っていたことが一応は行われていたのです。しかし、その後、鉄道労連の集会を受けて葛西氏が我々の名前を名簿から削除したことになるのです。これは不当労働行為以外の何物でもありません。
浅野:葛西証人を法廷に呼ぶことについては?
高石:是非、自分がやったことは正しかったと言うなら、この法廷で述べてほしい。
浅野:最後にひとこと
高石:20数年闘って来た訳ですが、裁判所が私たちの言い分を認めて、解雇撤回の判決を下すよう望んでいます。

怒り爆発!法廷内は騒然 被告側の反対尋問は、田中委員長へのそれと同様、およそ反対尋問とは言い難い「言いがかり」「難くせ」「誹謗中傷」に終始した。被告側代理人は、まず高石さんに対して「あなたはこの裁判に勝利してもすでに定年退職の歳を越えていますね?」などととんでもない質問をして傍聴席、弁護団から怒涛の怒りを浴びた。次に高石さんが第1波、第2波のストで受けた処分内容と時期を確認したり、運用基準の内容を知っていたかなどの質問をした後、法的措置の問題に移ると言って、動労千葉が千葉地労委に出した救済命令申し立て、JR東日本の社員であることの地位確認訴訟、国鉄清算事業団を相手とした第1波ストの処分無効裁判などを取り上げ、「動労千葉は敗訴している」とか「その後の訴訟で懲戒処分の訴えを取り下げた」とか「清算事業団を相手取った訴訟を取り下げた」などと「言いがかり」をつけた挙句の果てに、「動労千葉は97年の高裁での和解(28名の公労法解雇撤回)で多額の和解金を貰っているが、高石さんはその一部を貰ったんではないですか?」と、全く的外れは尋問を行った。傍聴者からは「いいかげんなことを言うな」「労働者のクビを切っておいてその言いぐさはなんだ」との激しい抗議の声が叩きつけられた。
 最後に被告側代理人は、JR発足時の再就職希望調査表で高石さんがJR東日本に行きたいという希望を出したことに触れ、「そういう希望を出したことは理解できるが、高石さんは(JRが駄目なら)弟さんと一緒に仕事をしてもいいと考えていたんでしょ?」と、これまたどこから聴いて来たのか、とんでもない「言いがかり」をつけてきたのです。法廷内は騒然となり、裁判長が「お静かに、退席してもらいます!」と絶叫する中、高石さんが「そんなことは考えられませんでした。」と明確に答えて、反対尋問を終了させました。(この反対尋問で、原告側弁護団の抗議に対して見せた被告側代理人の罵詈雑言と態度は多くの人に見てもらいたかったです。)
高石さんへの証人調べの最後に原告側からの主尋問が以下のように行われ、被告側の苦し紛れの目論みは完全に粉砕されました。
浅野:反対尋問で被告側は清算事業団でしきりに就職斡旋が行われたように言っていましたが、佐倉では就職の世話をするという実態はあったのですか?
高石:まったくありませんでした。
葉山:86年当時の状況、特に停職6ヶ月または停職処分2回という判断基準が突然決められたということについて知っていましたか?
高石:全く知りませんでした。
大口:東京高裁での和解では、第1波、第2波ストで解雇された28名が和解しましたが、事業団解雇の9名は闘争を継続しているし、その中に高石さんも入っているのですね?
高石:その通りです。ですから、反対尋問で聞かれたような「和解金の一部を受け取る」などということはありえないのです。

大きな勝利と前進
これで、約3時間半にわたった今回の証人尋問が終了した。田中委員長と高石さんの証人調べでは、まず初めの主尋問で原告側が被告(国、会社) 側の不当労働行為を完璧に立証する、するとこれにいら立った被告側が引きずり込まれて反対尋問でとんでもない質問して非難を浴びる、この敵側の目論見を締めくくりの主尋問で完全に打ち砕く、という形が作りだされ、証人―原告側弁護団の完全な勝利が勝ち取られたのです。今後、葛西証人の喚問も含めて原告、被告、裁判所の三者で裁判の進行協議を行い、その結果に基づいて、次回公判日を決定することを確認して、閉廷した。
公判終了後の総括集会は地裁前の道路で熱気の内に開かれた。まず証人に立った田中委員長から、「裁判所が葛西の喚問を拒否し続けていることは許せない。しかし、今日の証人尋問での勝利は大きい。1047名闘争の中で最後の砦となったこの裁判に勝利するため動労千葉は支援する仲間と共に全力で闘う。」、高石さんから、「こんな経験は初めてなので最初はびびったが、だんだん落ち着いてきた。最後は奴らの質問にきっぱりと反論することができた。」弁護団の葉山弁護士から、「今回の証人尋問で、被告側は益々我々の論陣に引き込まれ、その都度馬脚を現している。新採用基準の策定とその適用には葛西が重要な役割を演じたことは今回も確認されたが、これは大きな勝利と前進である。これからも葛西の証人尋問を勝ち取るため全力で闘うつもりである」とそれぞれ決意が表明され、全員の大きな拍手で確認された。最後に地裁に向けて裁判闘争勝利・1047名闘争勝利のシュプレヒコールを挙げ、団結ガンバロウとこぶしを突き上げて裁判闘争を終了した。
動労千葉を支援する会は、全国三千名会員獲得、全国に無数の支援する会を結成するための闘いに立ち上がると共に、原告・弁護団・動労千葉と連帯して、これからの証人調べ、特に葛西の証人調べを実現するため、全力で闘いに立ちあがらねばならない。そして、動労千葉の組合員と共に、地裁に結集して傍聴席を満杯にし、被告と裁判所に圧倒的な力を見せ付けるよう強く訴えるものである。

(支援する会東京北部代表 別所)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
動労千葉鉄建公団訴訟裁判傍聴記 動労千葉を支援する会 /BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる