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zoom RSS 7月1日 韓国ヨンサン自動車闘争支援集会  煙突籠城の非正規職労働者からの訴え

<<   作成日時 : 2009/07/03 10:31   >>

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双龍(サンヨン)自動車非正規支会ソメン・ソプ敷地会長が煙突の上で送ってきた手紙専門を掲載する。
この手紙は7月1日ゼネストを断行して双龍(サンヨン)自動車平沢(ピョンテク)工場に駆け付けた金属労働者らの前で朗読された。

 記憶して嫌いでない一週間の戦争が終わって,双龍車を経営危機に落とし込めた連中が、後に隠れて、労働者の手に鉄パイプとボルト,消火器を与え、同僚の後頭部を打ち下ろしなさい、とした、ぞっとする戦争が止まりました。
 煙突の上は、焼き付ける陽射しで40度の灼熱地獄、そして次に暴風雨が我々を打ちしました。吹き荒れた風雨は、,籠城50日を過ぎ、ボロボロになたビニールを突き抜けて煙突中に押し寄せました。テープで補強しても効果がありませんでした。,雨具を着たところ、すこしがになりました。
 先週には非常食料とカップラーメンで食事をとりました。週末まで続いた戦争の為に何日の間も煙突の上に食事が上がってこなかったためです。ラーメンを毎日食べたたせいか、調子が悪くなり下痢しました。昨夜は睡魔との闘いでした。

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残酷だった60時間の戦争.
 戦争は残酷でした。
去る6月23日からガードマン=チンピラ500人と会社救済隊2千人が警察兵力の護衛のもと、工場を押してくる光景はまるで軍事作戦そのものでした。初日は工場の垣根を壊して,二日目はバリケードをを撤去しました。そして25日から2泊3日60時間のぞっとするような戦争が始まりました。鉄パイプと盾、ボルトと消火器を持って工場に攻め込んだガードマン=チンピラと会社救済隊はあちこちで私たちの組合員を攻撃してきました。
リフト車を押してきて,消火器と鉄パイプで組合員の後頭部を打ち下ろして、血が流れる光景は目を開いて見られない程ぞっとしました。あちこちで悲鳴があがり、,遠くから家族らが泣き叫んでいましたが、攻撃をやめようとしていません。
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 夜と昼はありませんでした。戦争が止まった時間は食事時間だけでした。先に食事を終えた彼らは、一歩遅れてご飯を食べている私たちの組合員らをそのまま攻撃してきました。
ケガ人が続出して、救急車を呼んだが残忍な彼らは救急車さえ工場の中に入れようとしません。煙突の上でただ切なく“死んではいけない。頼むから死ぬな”とつぶやくしかありませんでした。

壊されたた機械、捨てられた部品
 27日夜10時“これ以上私たち自らの力では仕事場を守れない”として‘公権力投入’を要請して彼らは工場を離れました。彼らが離れた工場は爆撃をむかえたように凄惨でした。彼らは工場をまた稼動するために保護していた部品と生産施設まで壊して出て行きました。つぶれた部品と機械等を見ながら,涙があふれました。私たちがまた入って仕事をしなければならない工場です。私たちが組み立てなければならない大切な部品を壊して踏みにじることを許せませんでした。労働者にとっての工場、そして機械は、チンピラらにとっては、単なるゴミに過ぎなかったということです。
 彼らは工場を焦土化させただけではありませんでした。会社は、ことの真相を知らない純真な労働者の手に鉄パイプとボルトを与えて、数十年共に仕事をした同僚らに向かって振り回すようにさせました。会社は労働者らを火の穴中に投げることによって人間性まで焦土化させました。
 そのように血がにじむ60時間が過ぎて、少しの間、平和になりましたが、心は火の穴に落ち着いたように、たやすくは正常に戻りませんません。

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 去る日曜日(6月28日)に一週間ぶりに家族らが工場を訪ねてきました。生死を心配しながら、二日間、工場の前で夜を明かした家族らは、大笑いを作りながら夫に会いました。互いに抱きしめ、涙をきながら、大笑いを作る姿に私も一緒に涙と笑いがごちゃごちゃになりました。正門の前にきて手を振る私の妻と二人の子供の姿を私は望遠鏡で遠くから見守りました。

7年の間、月次2ヶ使う
 2003年双龍自動車に入社して、非正規職労働者で生きてきましたが、私は希望を失いませんでした。いつかは正規職になることができるという希望で本当に熱心に仕事をしました。7年の間、月ごとに昼夜2交代で仕事をしました。溶接からはじまり、,鉄を削り、組み立て作業まで重労働でしたが拒みませんでした。双龍自動車で送った7年の歳月中で最も思い出す瞬間があります。2005年双龍自動車代表で正規職と共に全国品質大会に出場をした時です。私は大統領賞を受けました。私の家の居間に誇らしく置かれているメダルを見ながら,妻は子供たちは、パパを自慢しました。
 そのような労働者らの血の汗に充ちた労働と技術力で作った双龍自動車でした。大統領賞までとった技術で作った誇らしい車を作ってきました。
 ところで誰が双龍自動車をこのような情況にさせたのですか? 産業銀行総裁様、そして長官様! 国策銀行の産業銀行は上海自動車に2700億ウオンを融資しながら、技術移転を制限する約定をしませんでした。上海自動車は10億ドル投資約束はもちろん、新車開発などに必要な投資することもなく、核心技術を取り出した後、黒字会社だった双龍自動車にばく大な借金で作って、夜逃げをしました。
今の双龍自動車の有り様を作った産業銀行と上海自動車の誰が責任を取りましたか?
 民主党チョン・セギュン代表様,そして国会議員様。私たち労働者が反対したのに、盧武鉉政府は外資誘致を騒ぎながら、上海自動車に双龍自動車を古物売るように売ってしまいました。
 ところで、なぜ私たち労働者が、その責任を負わなければならいのか? なぜ私たちが賃金を受けられないのか? なぜ私たちが解雇され、捕えられなければならないのか? なぜ私たちの死と絶叫に沈黙していらっしゃいますか?

 今日(7月1日)工場前門と後門には、機動隊バス50台が配置され、警察が工場を取り囲んで、ひとの出入りを封鎖しています。チンピラと会社救済隊が撤退するかわりに、会社が要請した公権力投入がまもなく始まりそうな恐れが、再び高まっています。
 今、双龍自動車に投じなければならないのは、公権力でなく公的資金です。特攻隊でなく、政府の交渉代表が双龍自動車に投入されなければなりません。そうではないならば双龍自動車は第2の竜山参事になるほかはありません。
 何の罪もない私たち組合員らが、特攻隊と戦闘警察のこん棒と軍靴に踏みにじられないように、頼むから私たちを助けてください。政府が対話と交渉に出られるようにして下さい。70m煙突の上でそのすさまじい絶叫と残酷な殺戮を見守ることのないように切実に呼び掛けます。
ソ・ミョンソプ/双龍車非正規支会会長

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